第 9 回 生態系の構造を解明する鍵――魚の主食・プランクトン

西部先生

 西部 裕一郎
東京大学大気海洋研究所 
国際沿岸海洋研究センター 沿岸生態分野 特任准教授
研究分野:プランクトン生態学

東京大学大気海洋研究所 浮遊生物分野のホームページ:
http://www.ecosystem.aori.u-tokyo.ac.jp/plankton/index.html
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 メーユ通信第4号特集
 

▼ 生活のステージを変えていく、海の中の生き物たち
▼ 「どこに・なにが・どれくらいいるのか」中身を見ることでわかる生態系の構造
▼ 調査は次なる局面へ ①三陸沿岸域の比較 ②復興にともなう変化 ③サケの餌環境
▼ 淡水から海水まで…多様なプランクトンの世界

生活のステージを変えていく、海の中の生き物たち

メーユ
ドクトル西部は研究テーマ1・「沿岸広域連続モニタリングシステムと海洋分析センターの構築」、津田班のメンバーですが、その中でどういった調査をしているのですか?
西部先生
ひとつは津田班長を中心に行っている係留系での海洋環境モニタリングですね。水温・塩分計、流向・流速計、溶存酸素計、クロロフィル濁度計、リン酸塩計を組み合わせたモニタリング機器を大槌湾内の4か所に入れて、決められた時間ごとに測定し、記録をとっています。3か月ごとに引き上げて、その期間に大槌湾の環境がどうなっていたのかをまとめています。もうひとつは定期海洋調査で、私の専門のプランクトンの生態調査ですね。

モニタリング機器 機器を水中に設置

【写真左:組み合わせたモニタリング機器】付着生物がついてもはがしやすくするためビニールテープを巻く。
【写真右:モニタリング機器を水中に設置】大槌湾の4か所に設置。3か月ごとに引き上げデータをまとめる。

びっくりメーユ
プランクトンについては、大槌町の広報誌「広報おおつち」にある、国際沿岸海洋研究センターの連載コーナー「大槌海の勉強室」第7回で紹介していましたよね。
 プランクトンってすごく小さい生き物をいうのかと思っていたら、数ミクロン(1ミリの1/1000)に満たない微生物から1メートルを超えるクラゲの仲間もいるというのでびっくりしました。
西部先生
「プランクトン」というのは生活の仕方で表した、生き物のグループのひとつを指すのですよ。プランクトンは自力で泳げないわけではないのだけれど、海の流れには逆らえない、大きな海流や潮汐などで運ばれてしまう、「漂うもの」のことです。
考えるメーユ

「プランクトンも泳いではいるのですか?
西部先生
動物プランクトンの中には、1日に数百メートル動く種類もいるのですよ。というのは、魚の多くは表層にいて目で見て餌を食べるので、明るいところにいたら見つかってつかまりやすいでしょう。ですから昼間は深い暗いところにいて、夜は海の表層に餌を食べるために上がってくるのが一般的です。
動物プランクトンの日周鉛直運動

【図:動物プランクトンの日周鉛直運動】
にっこりメーユ
動物プランクトンは、植物プランクトンを食べているのでしょう?
西部先生
はい。植物プランクトンは基本的に単細胞で、光合成をして増殖するので、海の表層にいますね。太陽の光のある海であればどこにでも分布しています。植物プランクトンが光合成することによって作られた有機物を、動物プランクトンが食べています。海の動物プランクトンは「カイアシ類* 」と呼ばれる仲間が最も多いのですが、多くの魚に餌として食べられます。魚にとっての主食となるので「海のお米」と呼ばれ、植物プランクトンから始まる海の「食物連鎖」をつなぐ大切な働きをしています。

カイアシ類の構造  オンケア

【図(左):カイアシ類の体の構造】 【写真(右):カイアシ類の一種・「オンケア」】
考えるメーユ
プランクトンが魚の主食ということは、人間の食卓を支えていることにもなるのね。魚とかイルカとか自力で動ける生き物は、何というグループでしたっけ。
西部先生
「ネクトン」ですね。海の流れに逆らって、ある程度自分の行きたいところへ泳いで行ける遊泳生物のことです。もうひとつ、大きく分けると「ベントス」というグループがあります。貝とかフナムシとか、砂の中のゴカイ、フジツボとかも入ります。ベントスは、海底などに“固着”したり、“付着”したりして生きているもののことです。




ベントス・ネクトン・プランクトン

【 図:生活様式による海洋生物の分類】
メーユ
では「ベントス」は移動しないで、だいたい同じところに棲んでいるのですか?
西部先生
だいたい同じところに棲んでいます。しかしベントスの子ども(幼生)は、分散するために「浮遊幼生期」というのがあり、プランクトンとして過ごす時期があるのですね。
*参照:研究者に聞く第3回「生態系はどのように回復していくのか」地震と津波の影響―親と子・生息場所による違い(研究テーマ 2 班長:河村 知彦 教授)
そういう生物を「一時性プランクトン」といいます。魚の子どもも生まれたばかりの頃は、そんなに泳げないでしょう?ですから多くの生き物が、ある時期プランクトン的な生活様式で過ごしていて、生活のステージに応じて最終的に分かれていくのですね。ですからプランクトンネットをひくと、いろいろなものがひっかかってきますよ。

「どこに・なにが・どれくらいいるのか」中身を見ることでわかる生態系の構造

メーユ
 大槌湾での生態調査は、「プランクトンネット」というのをひいて行っているのですか?
西部先生
調査船「グランメーユ」または「弥生」に乗って、動物プランクトンはネットをひいて、どこに何がどれくらいいるのかを調べています。植物プランクトンは単細胞生物で小さいので、プランクトンネットでとれるものもいるのですが、ネットの網目のサイズ(0.1ミリ = 100マイクロ)以下のものはとれないのですね。ですから採水器で水を汲み、その中にどういうものがいるかを調べます。1mlや1Lにどういったものがいるかを測っています。
考えるメーユ
顕微鏡で見て、種類や数を数えたりしているのですか?
  
西部先生
顕微鏡で見ています。海の中の物質循環を見ている永田班の福田助教らが調べている水の中の「クロロフィル」というのは、植物プランクトンの持っている「色素」のことをいうのですね。
* 参照:研究者に聞く第8回「プロジェクトにより進む理解―海をめぐる物質を見続けて」基礎的な栄養分のモニタリングで「漁業指標」を示す(研究テーマ 3 :福田 秀樹 助教)    
  植物プランクトンの細胞に入っている“光合成をするための色素”のことで、それをろ過してフィルターの上に集め、その濃度を測定しているので、全体としての指標を測っていることにはなりますが、何がどれくらいいるかはわからないのです。
困ったメーユ
「何がどれくらいいるか」を測ることで、どういったことがわかるのですか?
西部先生
例えば春にはケイソウという植物プランクトンが多いですが、秋にはウズベンモウソウが多くなる。クロロフィルの濃度が同じでも、その中身、それを構成しているものが全然違う時がある……、ということはつまり、そこからの食物連鎖の形も変わってくるわけです。
にっこりメーユ
そうか、ある魚がAというプランクトンは食べても、Bというプランクトンは食べなかったりするんだ。でも別の種類の魚は、Bを食べる。
西部先生
そうです。そこに何がいるかで生態系の構造が変わってくる。どういうサイズのものがいるかによっても、食物連鎖のいるスタートが変わります。ですから、中身を見ないとわからないことがある。そのために顕微鏡をつかって中身を見ているのですね。
メーユ
なるほど。調査は物質循環を調べている班とほぼ一緒に、同じ地点で行っているのですよね。
西部先生
私が加わったのは2012年の11月からですが、この頃から以前の調査点に加えて湾口を調べるようになりました。大槌湾は潮通しがよく、湾内の水と湾外の水が入れ替わりやすいと言われているのですが、湾内の栄養塩やプランクトンに沖合の影響がどのぐらいあるのか、みんな興味があったのです。

観測地点

【図:大槌湾での観測地点】2012年秋より湾口のEX1を追加
考えるメーユ
潮通しが良いというのは、湾口の形が開いているということ?いろいろな生き物が入ってきやすいということですか?
西部先生
湾口の形が開いているというよりも、湾の深さがあるということだと思います。沖合の動物プランクトンが常に入ってきていて、大槌湾では1年の半分は、湾外と数は違いますけど、種類が同じなのですね。湾の奥の方が好きなものもいますが、夏~初春まではほとんど共通です。他の湾をまだきちんと調べていないのでわかりませんが、それが三陸の湾、リアス式海岸の特徴ではないかと考えています。


調査は次なる局面へ ①三陸沿岸域の比較 ②復興にともなう変化 ③サケの餌環境

メーユ
では、これまでにわかったことや、今後の課題はどういったことですか?
西部先生
最初は津波によって沿岸域にいるプランクトンに影響があったのかどうかを調べていましたが、やってみると全体として、津波以前と以後でプランクトンの変化は大きくないことがわかりました。
西部先生
はい。大槌湾では沿岸センターが1970年代からあったので、津波以前にもプランクトンの調査が多く行われていました。ただ、「どのような種類が、いつ、どこに、どれぐらいいたのか」ということについてまとまって記録している研究が少なかったので、津波前後でプランクトンを比較するのがなかなか難しかったですね。
動物プランクトンのサンプルというのはホルマリンなのでほぼ永久に置いておけるのですが、沿岸センターにあったサンプルは全て津波で流されてしまったのですよ。それで、柏にわずかに残っていたサンプルと、過去に大槌で研究をしていた先生からデータをもらって、それと震災後の動物プランクトンの種類などを比べると、ほとんど変わっていないのではという事がわかりました。
しかし、プランクトンとして出てくるベントスの子ども(貝の幼生・ゴカイの幼生など)は、津波から2か月後の最初の調査では湾奥でほとんど出てきませんでした。
メーユ
そうか……「一時性プランクトン」には影響があったということですね。そうしたベントスの子どものプランクトンも、もう増えてきてはいるのですか。
西部先生
そうですね。2011年5月の調査だけが、その翌年・翌々年の調査とも比較すると、とくに湾の奥で少なかったり、現れ方が違いました。それは親が土砂に埋まってしまったり、どこかに流されたりしたためかもしれません。ベントスは海底と関わりがあるので影響があったのではないかと思います。
メーユ
つまり、細かく言えば、プランクトンでも変化があったものとなかったものがあるわけですね。次のステップとしては?
西部先生
それを踏まえて、三陸沿岸、リアス式の湾がどういった特徴を持った生態系なのかということを見ていく局面に入っていますね。大槌湾だけではわからないので他の湾での結果と比べて、共通した特徴なのか、または湾による特徴なのかを見ていくことです。新青丸や淡青丸では、釜石と女川の湾内、それから沖合の調査をしています。比べることで、三陸の海ではどういう生物生産の特徴があるのか、生態系の構造の解明につながると思って調査しています。
プランクトンネット プランクトンネット_2 プランクトンネット_3

【写真3点:新青丸でのプランクトンの生態調査】
 茶色に見えるのはプランクトンネットをひいてとれたケイソウと見られる植物プランクトン

メーユ
今は復興にともなう沿岸の工事が行われているので、今後はまた海洋環境が変わっていくのではないですか?
西部先生
そうですね。大槌湾は全体として、陸から流れ出るものの影響よりも外の海の影響を受けやすい湾なのでは?と思いますが、これから何があるかまだわかりません。そういう観点からも調査を継続していきます。
にっこりメーユ
新年度はプロジェグランメーユ全体でサケの研究も力を入れるそうですが、この中で、ドクトル西部の役目は?
西部先生
サケの子ども、稚魚といいますが、稚魚は川で放流されて海に降りていきます。が、まずは淡水から海水に慣れなくてはいけないので、湾の中で動物プランクトンを食べてある程度の期間を過ごしてから、外の海に出ていきます。ですからサケの稚魚の餌環境、「サケの稚魚がいるところに、どういう動物プランクトンがいて、何を食べているか」、それをやろうというのが私の役目です。


淡水から海水まで…多様なプランクトンの世界

メーユ
なぜプランクトンの研究に進んだのですか?専門は海洋動物プランクトンの生態研究、とありますけれども。
西部先生
私は中でも「カイアシ類」の研究をしてきましたが、しかしもともとは海はやっていなくて、淡水のプランクトンの研究をしていたのです。ため池とか湖沼のプランクトンを見ていました。     
考えるメーユ
ため池とか湖沼のプランクトン?
西部先生
アオコってわかりますか。ランソウという植物プランクトンが大発生して水の色が青い粉をふいたようになる現象を言いますが、そういう植物プランクトンが淡水では大量に増えて、景観や臭いの問題が出たり、毒を出すものもいるし、飲料水の処理をするときに困ったりします。それで「そういうのを食べる動物プランクトンっていないのかな」と考え、環境問題と関係あることがしたいと思って研究を始めたのです。
「どういう動物プランクトンがアオコを食べているのかな」と、行動を観察したり、実験をしたり、お腹のなかを見たりしていて、そのうちに多様な動物プランクトンの世界を見ているのが面白くなって、フィールドが海になりました。

実験室_顕微鏡

【図:船上で実験作業中】
メーユ
フィールドの転向は自然な流れだったのですね。実験ってどんなことをするのかな。
西部先生
例えば水の中にはいろいろな植物プランクトンや小さい動物プランクトンがいて、そこにカイアシ類を入れて1日そのままにしておけば、食べるものが減っているし食べられないものは増えていますから、後で数えたら何を食べているかわかりますよね。お腹の中だけを見ても、食べたものは消化されてしまって堅いものしか残らないので、偏った情報しか得られなかったりします。ですから、そういう実験をして、行動を観察したりするのですよ。
メーユ
なるほど。これからはサケの稚魚が何を食べているかということも調べるのですよね。放流の時期にまた調査へ行くのですか?
西部先生
そうです。放流は4~5月ですから、……もう行かなければなりませんね!  


インタビューを終えて

セントポーリア
  ドクトル西部は兵庫県神戸市出身。高校3年生の時に阪神淡路大震災に遭っています。東日本大震災の時は東北区水産研究所に所属しており、宮城県で被災しました。大槌湾では震災後から研究を始めたので以前の町の様子は知りませんが、「そりゃ愛着はわいていますよ。毎月通っていますからね」。ペーパードライバーを返上し、大槌の町をスイスイ運転しているそうです。
 イントネーションは関西弁のまま、会話の端々にユーモアを感じるドクトル西部ですが、「実家に帰省したら、もう関西の会話のスピードについていけなくなっていた」とか。たしかに関西人のわりにペースがおっとり……? しています。研究以外での趣味をたずねると、植物を育てているとのことで、学生の時は熱帯魚を飼っていたとか。フィールド調査以外の時間は“自然が好きなインドア派”のようです。

取材日: 2015 年 3 月 2 日 (構成 / イラスト: 渡部寿賀子)